沖縄陸軍病院伊原第一外科壕

今回は沖縄県糸満市伊原にある伊原第一外科壕だべ
ポチ太郎
ポチ太郎
ハチ公
ハチ公
「アブチラ壕」とも呼ばれるようですね!

ひめゆりの塔から国道331号線を南西に約300m進むと、道路脇に「第一外科壕入口」の案内標柱があります。

標柱を左に曲がるとすぐに「伊原第一外科壕跡」があります。

この壕は「伊原第一外科壕」「アブチラ壕」とも呼ばれ、現在のひめゆりの塔の場所にある「伊原第三外科壕」と同じく、沖縄陸軍病院の職員や「ひめゆり学徒隊」が避難していた壕の一つです。

当初は伊原集落の避難壕として使われ、1945年5月末に現:南城市の沖縄陸軍病院糸数分室(アブチラガマ)の勤務者が移ってきます。

証言によれば、壕の入口は松の丸太や土嚢で偽装し、入口にカマド、奥に便所があり、粗末ながらも二段ベッドを作り置いていました。水は壕の南にあった共同井戸を使用しました。

この壕の南にあった「沖縄陸軍病院山城本部壕」に砲弾が直撃すると、本部壕・波平第一外科壕・糸洲第二外科壕が壕に合流します。

6月17日、この壕の入り口近くに砲弾が直撃、ひめゆり学徒・病院関係者・炊事婦が死傷し、その翌日の18日には引率教員によりひめゆり学徒らに軍の解散命令(学徒解散命令)が伝えられ、女子学生らは壕を後にしました。

現在でも形を保っている壕ですが、程近い場所にある「ひめゆりの塔」と比べると人が来る方が珍しいくらいに人がいません。

すり鉢状のドリーネの最深部に人一人が入れるくらいの穴が開いています。