所 在 地  沖縄県糸満市字摩文仁(平和祈念公園内)
建立年月日 昭和40年6月26日
敷地面積  1,950平方メートル
合祀者数  53,000柱(沖縄戦戦没者2,600柱、南方諸地域戦没者31,300柱、その他地域戦没者19,100柱)
管理団体  三重県
碑文

鳴呼国破れて山河あり人は逝いてその名をのこす。
すぐる第二次世界大戦においてここ本土内激戦終焉の地沖縄に祖国の発展を祈りつゝ草むす屍と化せられし勇士は申すに及ばず広く異国の山野にまた南海の孤島に玉の緒絶え給いし本県出身戦没者五万有余の勇士は三重の男の子の誇りを胸に秘めて祖国日本の守り神世界平和の礎となり給うその高く尊き勲は鈴鹿の山の嶺より高く五十鈴の川の流れ尽きざる如く末永く称えられん。
この諸霊を祀らんと沖縄戦没者友の会の提唱により県に三重県戦没者沖縄慰霊塔建立委員会を設置し広く県民の浄財を集め市町村はじめ各種団体等の協力のもと一五〇万県民の尽きぬ平和への祈りを郷土の山の仙石に刻みてゆかりの地摩文の丘にこの碑を建立す。
ここに謹みて慰霊のまことを永く後世に伝うると共に沖縄と三重県との親善友好に寄与することを願う。

昭和四十年六月
三重県戦没者沖縄慰霊塔建立委員会
会長 三重県知事 田中覚