西原の塔

今回は沖縄県中頭郡西原町翁長にある「西原の塔」だべ
ポチ太郎
ポチ太郎
ハチ公
ハチ公
慰霊塔がいくつか集まった場所ですね!

現:西原町となる西原村は、第32軍司令部があった首里の東方に位置し、東海岸線には中城村和宇慶や津波、南には与那原、北部には中城村上原などの高地に面した場所にあります。

西原村自体に飛行場があったことや、近辺では坂田・棚原・運玉森・首里といった高地で激戦地となっています。

当時の村長であった「小波津正光」は、村民の北部への疎開を実行しましたが、第一陣を3月24日頃に北部へ誘導後、第二陣の準備をしていたところに米軍が上陸し南北を分断され疎開が不可能となりました。

その後、村民は自家製の壕に潜んだり、戦闘が激化すると本島南部へ向かっていきました。

西原町での激戦や南部へ避難したことによって、西原町の住民の約47%が死亡したとされています。

「西原の塔」があった場所には元々は「忠魂碑」が建っていたんだべ
でも、沖縄戦で壊れてしまったんだべさ
ポチ太郎
ポチ太郎
ハチ公
ハチ公
「忠魂碑」は日露戦争や第一次世界大戦、日中戦争で亡くなった英霊を祀った碑ですね!

「西原の塔」には、戦争でなくなった村民や村内で戦死した軍人・軍属ら7,000柱余りが合祀されています。

西原の塔に隣接して、「顕彰碑・歩兵第八十九連隊山」・「歩兵第89連隊丸地大隊戦没者慰霊碑」・「観世音の像(石独立歩兵第11大隊)」・「魂魄(独立二十八大隊・海上挺身隊慰霊碑)」・「外地戦没者之碑」が建てられています。