今日は、沖縄県糸満市字真壁にある「アンティラガマ」だべ。
この壕は自然に出来た鍾乳洞で、沖縄ではこのような自然壕を「ガマ」と呼ぶんだべ。
といいつつも、人の手を加えた鍾乳洞でも「ガマ」と呼んだりするので、そこまで厳密に区別はしていないようだんべ
ポチ太郎
ポチ太郎
ハチ公
ハチ公
自然に出来た洞窟を「ガマ」、人の手が加えられた洞窟を「壕」っていうんですね!
というか、普通の沖縄県民はガマの場所なんてほぼ知らないし、ガマだか壕だかなんて興味無いって感じですね!
まぁ、こういった場所にくるのは修学旅行の平和学習でやってくる高校生と戦跡好きぐらいだんべ。
このアンティラガマや八重瀬町のヌヌマチガマ、南城市にあるアブチラガマ、読谷村のチビチリガマは平和学習でよく利用されているみたいだべ。
ポチ太郎
ポチ太郎
ハチ公
ハチ公
それはいいとして、アンティラガマはどういう場所なんですか!?
沖縄戦の時、アンティラガマは周辺住民の避難壕として利用されていたんだべ。
広い壕だったから「真壁千人壕」と称されることもあるようだべよ。
米軍の猛攻で日本軍の司令部のあった首里が陥落し、日本軍は沖縄本島の南部地域に後退してくるとアンティラガマにも日本軍の兵隊さんがやってくる。
アンティラガマの中は一般住人と兵隊さんが入り混じった状態だったんだべ。
ポチ太郎
ポチ太郎
ハチ公
ハチ公
そうなんですか!
でも、兵隊さんが一緒だったなら住人的にも安心なんじゃないですか?
あくまでも証言があるというだけだが、兵隊さんの中には高圧的な態度や食料を奪いとったりする者もいたとのことだから、これが本当なら一概にいい状況とは言えないんだべ。
ガマ内で泣き出した赤ちゃんを「敵に見つかる」という理由で兵隊さんが殺めたという証言もアンティラガマにはあるんだべ。
現代の常識で考えれば異常ではあるけど、当時の極限状態の中ではそうなってしまうのも仕方ないのかもしれないんだべ。
兵隊さんも人間だべ。
ポチ太郎
ポチ太郎
ハチ公
ハチ公
それはそうなんですが、住民達も身の回りの食料や鉄製品まで全てを戦争に捧げた結果がそれだと悲しいですね。
戦争の是非には言及しないが、勝者の下にはそういう思いをしてる者もいるということだべ。
戦跡ビューでも分かるように、ガマ内部には遺品と思われる茶碗などがまとめられているんだべ。
他に確認できることとして、敵国による火炎放射攻撃の痕跡があって壁の黒くなっている部分は火炎で焦げた痕だんべよ。
ポチ太郎
ポチ太郎
ハチ公
ハチ公
生きたまま焼かれるなんて…
まぁ旧日本軍にも生物兵器や人体実験の話もあるから、当時はどこの国でも常軌を逸した攻撃はしてたと思うんだべ。
ポチ太郎
ポチ太郎